当たり前を当たり前に

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今年最後にお伝えしたこと
 
 
昨日、時間の確保についてお伝えをした。
 
2015年も今日で終わりを迎える。
だが、私にとってはただ毎日の変化とあまり変わらない。
 
人はなぜ年越しに歓喜するのだろうか?
実は、私の中では昔から年越しにあまり意味を感じていない。
 
確かにリセットするタイミングとしては非常にキリが良いのかもしれない。
自分の中で1年間に終わりを告げ、新しい1年に希望を持つ。
 
 
 
終わり良ければ全て良し
 
私もこの言葉は好きだ。
どんなに辛いことがあったとしても、
今この時点で笑って過ごせているのなら、
やはりそれはそれで楽しい時間だと思うから。
 
時間の観点で捉えると、
実は「今」とはこの瞬間しかないのだ。
 
どんなに辛い過去も、所詮過去であり、
どんなに輝かしい未来が待っていようとも、所詮まだ見ぬ世界である。
 
 
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私なりに年末という年代わりの日を解釈すると、
今この瞬間に「あ〜今年も無事に終わったな…」と感じることができているのなら、
それはそれで成功なのではないかと思う。
 
人それぞれに、それぞれの人生を歩んでいる。
実はどの人生も正解なのだ。
 
私も1年を通じて、
「これはこうしたほうが良い」
「あーしなさい! こーしなさい!」
と、さも偉そうに塾生やお弟子さんにアドバイスをしてきた。
 
しかし私の言ったことが正解ではなく、
動いた本人の行動自体が、捉え方を変えると正解なのだ。
 
答えはひとつではなく、無尽に存在するのだから。
 
 
 
私の母は十数年前の12月20日にこの世を去った。
当たり前のように繰り返していた日々が、突然当たり前の日ではなくなる現実。
 
実は今こうしてブログの記事を書いている事自体が奇跡なのかもしれない。
 
何の魅力もないクズ同然の人間がここまで這い上がってこれた。
何の気なしに始めたブログだが、書き続けること2年、
紆余曲折しながらも、ここまでこれた。
 
これも私の言葉に共感いただく読者の方々のおかげである。
そして、家族、知人、ビジネス・パートナーのサポートのおかげである。
 
年末のけじめとして、
私に携わってくれた方々へこの場を借りて感謝したい。
 
2016年も後悔しないで楽しく12月31日を迎えられるように
当たり前のことを、当たり前のように。